流暢な英語を駆使できるお姉さんの世話になってみて、
自分がどれほど英語ができないのか、改めて感じた。(=_=;
部屋でボーっとしているとアルナさんが私を呼びに来た。
「COME」(カーム)
散歩でもしようと言う。
アシュラムには長期滞在者が結構いるらしかった。
小さいながらも図書館などもあるらしい。
瞑想ホールやサマディホール(ラーマナマハリシが肉体を去るまでいた部屋)
など施設を案内してくれる。
大勢いる滞在者の中でたまたま隣り合わせになったからか、
それとも英語の話せない私を不憫に思ったのか、
いつも私を気にかけてくれるようになった。
アルナさんは静かだが明るい性格で、いつも午後にはアルナさんの部屋には
何人もの人が訪れ、笑い声が聞こえてくる。
私は体力的にきつかったせいもあり、午前中は瞑想ホールで瞑想し、
午後は昼寝をした。その後散歩をしたり本を読んで過ごした。
主の居ないアシュラムではダルシャンがあるでもなく、別にとりたててやることもない。
ひたすらアシュラム内の平和な雰囲気に包まれて内省的に静かに過ごした。
アシュラムで長く滞在されている日本人女性にもお世話になった。
聖なる山の回りを夜明け前から一周するという“行”にも連れて行ってもらった。
(でも残念ながら私は山からは何も感じることはできなかった。
もくもくと歩きつづけている間、ときおりついてくる例のガリガリの犬が
気になって、集中することさえできないありさまだった。(=_=;))
あるとき、ラーマナマハリシが瞑想をしたという裏山の洞窟に行ってみた。
聖なる場所なのだからやっぱりはだしでいくんだよね、と思い、
日に照らされた石や砂の上をひたすらはだしで登って行った。
そして部屋に戻った時には私の足の裏には立派な水ぶくれがいくつもできていた。(-_-;)
いつものようにアルナさんが私を午後のチャイに誘ってくれたが、
足が痛くて歩けない。
「どうしたの?」と聞くアルナさんに事情を説明すると
アルナさんは、
「いくらなんでも山へ行くのに履物をはくことは、マハリシも許してくださるわ!」
と大笑いした。
そして“保健室”のようなところへ案内してくれ、そこでやけどの薬を作ってもらった。
私はアルナさんの質問にトツトツとつたない英語で答えるのが精一杯で、
とても多くの時を一緒に過ごしたにもかかわらずほとんど何も伝えることはできなかった。
それでも何かと世話をし、私を気にかけてくれるアルナさんは
いつしかお母さん的な、暖かい存在として私の中で大きくなっていった。
あるとき、いつものようにアシュラムの庭に腰掛けてふたりで
とりとめのない話をしている時だった。
ふと、このインド旅行のはじめに出会った優雅な女性のことを思い出し、
アルナさんに、
“そういえば今思い出したけど、こんなことがあったの”
みたいに話した。
「ある女性にホテルで出会って、このアシュラムへ居る友達に
手紙を渡してって言われたの。
でも結局日程の問題であずかれなかったのだけれど」
はじめはにこやかに“ふーん、そう”みたいに話を聞いて
くれていたアルナさんの態度があるフレーズで豹変した。
「たしかイギリスへ行くって、言ってたと思う」
大きく目を見開き、満面の笑みのアルナさん。
リアリィ?
って感じだ。
「イギリスへ行くって?カリーナだわ!私の友達よ」
えーーーっ。
驚いたのは私の方だ。
アシュラムにインド人女性が一人しかいないわけじゃない。
(・・・っていうかあたり前だけど大勢いる!)
しかもこんなに私によくしてくれている人の友達が
あの、あの、手紙の人だったなんて。
「手紙をあずかれなくて本当に残念です!!!!(^○^)」
あきれたように笑いあう私たちであった。


