さて、翌日はアマチのダルシャン(謁見)に参加してみることに。
大きなホールに順番に座って並ぶらしい。よくわからないまま最後尾に座る。
ほとんどがインド人のようだ。
ここでは、隣と距離を置くという習慣がないようだ。
ぎゅうぎゅう押される。
それがいやで、押されたら身をかわしながら順番を待ちつづけた。
ホールの奥には舞台のようなものがあり、アマチが座っている。
そして一人一人順番に笑顔で抱きしめている。
私はアマチから何かを感じることができるのだろうか。
抱擁された時、感激に胸が震えたりするのだろうか。
期待をいだきながらも、なぜかこの地に入ってからつきまとう何となく
いいようのない嫌な感じが気になってしかたない。
ぼんやりそんなことを考えていたら、ひとりまたひとりというように
どんどん私の順番を抜かしていく。
システム自体がよくわからない私は怒りも感じない。
けれど先のわけもなく嫌な感じにだんだん耐えられなくなってきていた。
もう好きにして。
そんな感じ。
抜かされるままにしていたので、どのくらい時間が経ったのか
さっぱりわからないけれど(1時間とか2時間とかは経っていただろうと思う)
ただいつまで経っても私にはアマチの抱擁を受ける順番が
回ってくることはないだろうことだけは、はっきりしていた。
まぁそれならそれでもいいか、とやはりぼんやり思っていた時だった。
「こちらへ」
インド人の女性(たぶんアマチの信者)が私を最前列へ連れて行く。
抜かされるのもいい気はしなかったが、人の順番を抜いていくのはさらに嫌な気がした。
しかし、多分、外人の私は少し目立ったのだろう。
ずっと抜かされていたから気の毒に思ってくれたのかもしれない。
そしてアマチがこぼれるような笑顔でギュっと抱擁してくれた。
なんだか暖かくて嬉しかった。
でもそれはソフィーさんたちと交わしたハグと同じ。
それ以上でも以下でもない。
抱擁が終わるとアマチはスタッフ?に指示して、私は壇上に残るように言われる。
壇上には多分同様に残るように言われたであろう人たちが何人かいる。
多分何か特別に後で“祝福”を与えてくれるのかもしれない。
でもふとホール中に並ぶ何十、何百という人が目に入る。
この人たちではなくなぜ自分がここに選ばれているのか。
何か意味があるのだろうか。外人だから?誰でもはじめての時はそうしてもらえるの?
そしてアマチは何のためにここに残れと言ったのか。
しばらく考えて、“経験”としてこの場に残り、その後与えられる何かを
見ておいた方が良いのか、、、とも思ったが、
結局その場を去ることにした。
サイババのアシュラムで感じたように、何か耐えがたいものが体内を走る。
スタッフの人に「ごめんなさい。気分が悪いので部屋へ戻ります。」
と言ってその場を去った。
「信じられない!」という感じの一瞥をもらったような気がしたが
気にしないことにする。
アシュラムの屋上にあがり夕陽を眺める。
真っ赤で怖いくらいの美しさだった。
後ろを振り向けばどこまでも続いている深いヤシの木のジャングル。
「ク、クルルルゥー」
動物の声がジャングルから響いてくる。
その他は痛いほどの静寂があるだけ。
しずむ夕陽の色に染まりながら、はてしない孤独感に襲われた。
地の果てのようなこの土地で、私を知る人など一人もいない。
私は何を求めているのだろう。
ここで何をしているのだろう。
真理なんてあるのだろうか。
人はただ生き、ただ死んでいくだけなのではないか。意味もなく。
目的もなく。生物として。
生きる意味なんて自分で勝手に意味づけしてそれをまっとうすればいいじゃないか。
自分が納得できれば、人知れず死んでいってもいいじゃないか。
そう思う。
でもこころの奥のどこからかふつふつと湧き出てくる欲求。
知りたいという欲求を抑えることができない。
富や健康、良好な人間関係、暖かい家庭、やりがいのある仕事・・・
欲しいものは山ほどある。
でもたとえそれを得ても、得なくても、依然としてつきあげてくる欲求は
まったく別のものだということを「私」はどこかで知っているのだ。
どんなに頭で否定してみても、何かが私を突き動かしてやまない。
そしてそれは私が知っているような宗教や哲学、文学では満たされるものではなく、
ましてや特定の団体や組織に属するものではないことだけははっきりしていた。
“真理”が何なのか。
一生のうちに自分で知ることができないのなら、せめて・・・
「知っている」人に出会いたい。
どれだけ世界中の人がその人を慕っているかは私には興味がない。
有名であるか、権力者から推薦があるかは、まったく関係ないのだ。
逆に多くの資産を持ち、人から聖者とあがめられ、
大きな組織を持っていればいるほど
興味の対象からはずれていく。
私にとってその人が「知っている」人と感じられるかどうか、
それだけが大事。
そう思える人に、出会いたいのだ。
「知っている」人に出会うことで、こころの奥が求めてやまないものが存在する、
求める価値のあるものであることくらいはわかるかもしれない。
沈みゆく夕陽を最後まで見届け、闇があたりを襲うまで
アマチのアシュラムの屋上にいた私は、ここを去る決心をする。
ここじゃない。
ここには私の求めているものはない。
すぐに事務局へ行き退所希望を伝えるが、残念ながらその日はもう船が出ないらしい。
はやる気持ちを抑えて翌朝一番の船でアシュラムを出る。
何かが私の背中を押す。
もう一時も無駄にしたくない。
ラーマナマハリシのアシュラムへ行ってみたい。
そこにもやはり何もないのかもしれない。
実際、もうラーマナマハリシはこの世にいないのだ。
信者は、まだそこにラーマナマハリシの魂はいる・・・と言うだろう。
でもそれは私にも感じることができるのだろうか。
ただ、わけもわからずひたすらラーマナマハリシのアシュラムへ行きたい!
その気持ちでこころが爆発しそうだった。


